LOGIN 翌日の朝、範経が登校のために家を出た。一つ目の角を曲がったところで、クラスメイトの
「待っていたのよ」と祥子。「昨日の夕方に胸騒ぎがしたけど、引っ越しで家を出られなかったの。すぐ行ってあげられなくてごめんね」
祥子は体が大きくておっとりした性格だが、人並外れて勘がするどい。範経は何も言わず、祥子の大きな胸に飛び込んだ。
「範経、何があったの?目を見せて」と言い、範経の頭を両手で押さえた。互いの額がぶつかるほど顔を近づけて、祥子は範経の目の中を覗き込んだ。
「おめでとうって言いたいけど、このまま学校に行かせるわけにはいかないわ。家に来てちょうだい」と言い、範経の腕をつかんで祥子は自分の家に引き返した。
「引っ越したばかりで散らかってるけど、入って」と祥子。
母親の真理子が「どうしたの?」と玄関に出てきた。土間には段ボール箱がまだ積んである。祥子と範経は靴を脱いで家に上がった。
「範経と大事な話があるの」と祥子。「しばらく入ってこないで。それとお母さんの避妊薬を後でちょうだい」と言って範経の手を引いて二階へ上がった。
……
祥子は範経を自分の部屋に入れた。
「だめよ、範経。逃げないで。あたしだってずっと待ってたんだから、ちゃんと彼女として扱ってもらうわ」と言いながら、さっさと自分の制服を脱いだ。
祥子は範経の制服を手慣れた様子で脱がせた。痩せた範経の体を両手で抱きかかえた。「何も怖がらなくていいのよ。何もやましいことはないわ。何があっても、あたしが範経を守るから」
祥子は範経を抱えたままベットで横になった。「だからあたしを範経のものにして」祥子は範経と向かい合わせになり、目を見つめた。瞳の中を覗き込んだまま、仰向けになり範経を体の上に載せた。「いいのよ」
……
昼前になって、下着姿の祥子と範経が一階のリビングに降りてきた。祥子は、困った顔をしている真理子に「お薬ちょうだい」と言った。祥子は受け取った錠剤をコップの水とともに飲みこんだ。「新しいシーツが欲しい」と祥子。
「後で出しておくわ」と真理子。
「シャワーを浴びるてくる」と祥子。
「学校はどうするの」と真理子。
「シャワーを浴びたら行くわ」と祥子。
「それなら昼ご飯を食べていきなさい。今、用意するから」と真理子。
真理子は簡単な食事を用意した。ダイニングにさっぱりした表情で、祥子が範経を連れて入ってきた。「座りなさい」と真理子。
「お腹がすいたわ」と祥子が上機嫌に言いながら座った。
範経は気の毒なほど居心地が悪そうだった。
「学校に連絡しなくていいの?」と真理子。
「登校中に気分が悪くなったから、範経に付き添ってもらって帰宅したって先生に伝えて。それから午後から登校するって」と祥子。
真理子は、祥子が範経を好きなことをよく知っていた。今回の引っ越しでは、祥子の希望でわざわざ範経の家の近所の土地を選んだくらいである。だが今回のことは、どのようなに対処していいのか分からなかった。
小学生の頃、不登校だった祥子を立ち直らせたのは範経だった。その後は学年でトップ争いをするほど成績をあげ、さらに体格のよさを生かしたスポーツに打ち込むように仕向けたのも範経だった。母親から見て文句のつけようのない娘のボーイフレンドだが、祥子があまりにものめりこみすぎているように思えた。
祥子は頼りなさげな範経の世話をうれしそうに焼いている。範経はおとなしいが、若者離れした聡さを持っている。そして真理子の母親としての気持ちをはっきりと察している。真理子はどうしたものかと途方に暮れた。
「範経君を独り占めしたら、由紀ちゃんがかわいそうじゃない?」と真理子はかろうじて、この事態に関連した質問をした。
「由紀は昨日、範経の童貞を奪ったのよ」と祥子。
真理子はぎょっとして範経を見た。
「範経の左頬がはれてるでしょ。由紀が張ったの。そして力づくで押し倒したのよ。学校に行ってすぐに由紀と話すわ」と祥子。
範経は俯いたままだった。
「ケンカはだめよ」と真理子。
「それは分からないわ」と祥子。
「ごちそうさま」と祥子が立ち上がり、範経の腕を引っ張った。
範経は「ごちそうさまでした」と消え入りそうな声でささやくと、頭を下げて祥子とダイニングルームを出て行った。
読んでくださりありがとうございます。「よかった」とか「面白い」のような一言でもよいのでコメントを残していただけると幸いです。今後の創作活動でフィードバックさせていただきます。
「ところでお前たち、腹へってないか? 朝から何も食べてないだろう」 幸一は心配そうな顔をした。「そうね、言われてみれば、朝から飲まず食わずだったわ」と美登里。「もう、とっくに日が暮れているよ」とロバート。「なにか宅配してもらうか?」と幸一。「ピザか寿司なら注文できるが」「ピザと寿司、両方お願いするわ」と美登里。「みんな、お腹すいてるでしょ?」「ぺこぺこよ」と涼子。「お腹すいた」と祥子。「私もいいですか?」と由紀。「もちろんよ」と美登里。「打ち上げパーティーにしましょう!」「やったー!」と麗華。「現実の世界に戻ってきた気がするわ!」とシャーロット。「おまえたち、うれしそうだな」と幸一。「よほど楽しかったんだね」とロバート。「最高だったわ!」とシャーロット。「美登里、もう一度できないの?」「そうね」と美登里。「同期した範経をレイがサポートすれば、また夢の国を作って遊べるはずよ」「すごくリアルだったわね」と涼子。「今度はみんなで入りたい!」と麗華。「ハードウェアーをアップグレードすれば可能よ」と美登里。「あれほどのリアリティーはいらないわ。もうちょっと解像度を落としてもかまわないから」とシャーロット。「むしろ現実と見分けがつかない方が危ないわ」と圭。「そうね。解像度と時間分解能を落とせば、電脳への負担を減らせるし、同期の危険性を減らせるはずね」と美登里。「一般向けのサービスができないかしら」とシャーロット。「ゲームのプラットフォームを作って一儲けできそうね」と美登里。「それよりもさっきから気になっているんだが、麗華ちゃんの雰囲気が少し変わってないか? あか抜けた感じがするんだよ」と幸一。「そうだね」とロバート。「今の麗華ちゃんには、落ち着きというか、心の余裕のようなものを感じる。以前は何か、切羽詰まったような気配があったけれど今はない」「わたし、少し大人になったの」と麗華。「え?」と幸一。「麗華は積もり積もったストレスを解消したのよ」 圭がにやっと笑った。「何があったんだか……」と幸一。「詮索したら、麗華に刺されるわよ」と美登里。「わかった」と幸一。「何も聞かないよ」「お義父さん、教えてあげる」 麗華は幸一の前で胸を張った。「わたし、夢の世界でお兄ちゃんに愛してしてもらったの」「チュウでもしてもらっ
同期を解除して範経の夢から戻ったシャーロットと麗華が目を覚ました。シャーロットはリクライニングシートで上半身を起こし、ヘッドセットと生体モニターのセンサーを外した。「お疲れ様」と美登里。「思ったより手こずったわ」 シャーロットはシートから降りた。「上出来よ」と涼子。「お兄ちゃんは帰ってきた?」と麗華。「まだよ」 美登里は麗華がシートから降りるのに手を貸した。「レイに捕まってるわ。しばらく時間がかかりそうよ」 ラボのドアがノックされた。美登里が「はい」と返事をすると、ドアが開いた。「ずいぶん時間がたつが、どうなったんだ?」と幸一。「ほぼ終わったわ。範経は記憶を回復した」と美登里。「だけど少し野暮用が残っているから、まだ帰ってきてないわ」「野暮用って言うのはあれのことかい?」 ロバートはホログラム映像を指さした。「そうよ」と美登里。「娘のレイが帰らせてくれないの。私も遊んでって駄々をこねてるのよ」「なるほどね」とロバート。「ここで何があったのか、聞きたいような聞きたくないような、複雑な気持ちだ」「お父さんは知らなくていいわよ」とシャーロット。「ずいぶんと画面の中の世界が変わったな」と幸一。「テーブルの上の生首が無くなって、花が飾ってある」「それに壁紙が明るい色に変わってる」とロバート。「調度品やカーペットのデザインも以前と違う」「始まったわ」と美登里。「レイにも口説き落とされちゃったのね」と涼子。「兄さん、いきなり腹にパンチした」と圭。「拳がみぞおちにめり込んでる」と明。「レイがよろめいて、ひざまずいたわ」と由紀。「お芝居よ」とシャーロット。「レイの体は戦闘用アンドロイドだから、殺しても死なないわ。T-800よりしぶといわよ」 T-800は映画「ターミネーター」に登場する、アーノルド・シュワルツェネッガー扮するアンドロイドである。「レイが蹴り飛ばされて倒れたわ」と祥子。「女性に暴力をふるうなんて許せない!」「兄さん、後ろから首を絞めてるわ」と圭。「レイが苦しんでる。やっちゃえやっちゃえ!」「迫真の演技ね」と美登里。「背中に乗ってキャメルクラッチよ!」と明。 キャメルクラッチとはプロレス技の一種である。ラクダ固め、馬乗り固めともいう。うつぶせになった相手の背中に乗り、首あるいは顎をつかんで
記憶を回復した範経は、リビングルームの何もない空間に話しかけた。「レイ、聞こえてる? ぼくの身体との接続が切れてるみたいだ。回復してくれないか?」 レイが範経の前に現れた。「お父様、お呼びですか?」「なぜ服を着てないの?」と範経。「次は私の番です」とレイ。「え、どういうこと?」と範経。「わたし、まだ相手をしてもらってません!」とレイ。「これはゲームじゃないんだよ。ぼくが記憶を失ったから、君が彼らのイメージを出してくれたんだろう?」と範経。「お父様は楽しんでいました」とレイ。「ええ!」と範経。「そうだったかい?」「そもそも、ここには君が最初に来てくれたんじゃないか」と範経。「そしてぼくを慰めてくれた。感謝している」「だけど、お父様は私のことを覚えていませんでした」とレイ。「仕方ないだろ」と範経。「記憶がなかったんだから」「嫌です、そんなの」とレイ。「なぜだ?」と範経。「君がぼくを一番癒してくれた」「違うのです」とレイ。「何が?」と範経。「わたし、分かったのです」 レイは範経に詰め寄った。 「お父様と私の間には、まっ黒な憎悪とか、どろどろの愛欲とか、ひりひりするような背徳感がないんです!」「もちろんだよ」と範経。「ぼくはレイのことが純粋に好きなんだ」「そんなのイヤ!」とレイ。「私にも特別な愛をください!」「君は何か勘違いをしているよ」と範経。「愛されてると思えない!」とレイ。「そんなはわけないだろう」と範経。「私のことなんて、所詮は電脳が作り出した人形だと思っているのです」とレイ。「ぼくは君が意識を持っていると信じているよ」と範経。「うそです!」とレイ。「なぜそう思うんだ?」と範経。「情熱を感じません」とレイ。「純粋な愛情なんだよ。ぼくはきみの父親なんだよ」と範経。「私にわかるように示してください」とレイ。「きみが生まれた時からずっと一緒にいるのは、きみのことが大切だからだ。ぼくが君を作り、育てたんだ」と範経。「愛しているに決まっているじゃないか!」「そんなの理屈です」とレイ。「だが、愛情というのはそういうものだよ」と範経。「感じ取るものなんだよ」「わかっています」とレイ。「だから感じ取れるように態度で示してください」「態度って?」と範経。「お父様、分からないのですか!」 レイは範経の前
シャーロットは真顔に戻った。「悪魔さん、それで私と向き合う準備はできたのかしら?」「どういう意味?」と範経。「私はあなたをここに閉じ込めた原因の一つということよ」とシャーロット。「君がぼくを悪魔にしている?」と範経。「そうよ」 シャーロットは指でスカートをたくし上げ、黒いタイツをはいた足の付け根を見せた。「君ごときが、そんなはずはない」と範経。「そうかしら」とシャーロット。「あなたは自分の股間を隠そうともしないのね」「夢の中ではよくあることだ」 範経は腰に手を当てて胸を張った。「今更、慌てないよ。」「そうじゃなくて、ブツの状態のことよ」とシャーロット。「仕方がないだろう」と範経。「なぜかしら?」とシャーロット。「答えなきゃいけないのかい?」と範経。「もちろんよ。でないと、永遠にここに閉じ込められたままよ」とシャーロット。「わかったよ」と範経。「君が少し魅力的で、かわいいからだ」「少しでそんなことになるのかしら?」 シャーロットは範経の股間に視線を向けた。「君のことが前から気になっていた」と範経。「だから何?」とシャーロット。「もう少し仲良くなりたいと思っていた」と範経。「それにしては、あなた、ずいぶん愛想が悪いわよね」とシャーロット。「悪かった」と範経。「許さないわ」とシャーロット。「なぜ?」と範経。「それは悪魔の言葉じゃないからよ」とシャーロット。 範経は少し間をおいた。「君を襲って無茶苦茶にしたい」「いいわ。許してあげる」とシャーロット。「そうか」と範経。「まだ、ためらってるの?」とシャーロット。「君がぼくのことをどう思っているのかって……」と範経。「私もあのセリフを言ってあげるわ」とシャーロット。「ここは夢よ。だから何をしてもいいのよ」 範経はシャーロットにつかみかかった。「服を破いてもいいわよ!」とシャーロット。__ すでに夢から戻ってきた由紀、祥子、美登里、涼子、圭、明の六人は、ラボでいすを並べ、三次元ホログラフィーに実物大で映し出された範経とシャーロットのやり取りを眺めていた。「シャーロットってずるいわよね」と美登里。「範経に告らせちゃったわ」と涼子。 しばらくして、シャーロットのキャーという叫び声が響いた。「はじまった」と美登里。「本当にビリビリに破いてる」と由
範経がぐったりとした麗華をソファーに寝かせてから、シャーロットと向き合った。「少し話を聞きなさい」とシャーロット。「なんだよ?」と範経。「あなた、気がついてる?」とシャーロット。「テーブルの上の生首がマネキンになってるわよ」「ああ。本当だ」と範経。「夢っていうのは適当だね」「他の部屋の死体もマネキンになってたわ。玄関ホールのフォーシスターズの油絵が風景画になってる。クリスマスツリーが無くなってる。今、何月何日だかわかる?」と範経。「分からないよ。クリスマスの頃かな?」と範経。「家族を殺した記憶はあるの?」とシャーロット。「もちろんあるよ」と範経。「今日のことだから」「今日がいつから始まってるの?」とシャーロット。「朝起きて馴れ馴れしく家族が話しかけてきた時からだ。みんなパーティーに行って家にいないはずだった」と範経。「何のパーティー?」とシャーロット。「フォーシスターズのイベントじゃないか? 今が書き入れ時だって父さんが言ってたよ」と範経。「決算が近いから焦ってるんだ」「あなた、今何歳?」とシャーロット。「さあ。中学二年生のクリスマスだとしたら、十四才だろ」と範経。「どこでその麗華って子のことを知ったの?」とシャーロット。「さあ。だれだろ、この子」と範経。「知り合いなのは確かだけど。麗華ちゃんっていう名前は知ってる」「都合のいい話ね」とシャーロット。「殴りつけてやりたいわ」「何で殴られなきゃならないんだ?」と範経。「あんた、芝居してるんじゃないの?」とシャーロット。「何もかも、最初からわかってるんじゃないの?」「何で芝居なんてしなきゃいけないんだよ」と範経。「あんたがこの状況を楽しむためよ」とシャーロット。「都合がよすぎるわ」「だってぼくの夢なんだろ?」と範経。「そういう設定だったわね」 シャーロットはくすりと笑った。「設定?」と範経。「何でもないわ」とシャーロット。「ところで、なぜ私がここにいると思う?」「わからないよ」と範経。「なぜそんなことを聞くんだい? 麗華や圭と明にも訊かれたけど」「何ででしょうね」とシャーロット。「あんた、私のこと、嫌いでしょ?」「そんなことないよ」と範経。「私の父の会社があなたの両親を苦しめているわ。アルゴーの経営が成り立たないくらい追いつめて、子会社にするつもりよ」とシ
シャーロットと麗華がリビングルームに入った。「もう時間よ」とシャーロット。「一緒に住んでる兄妹なんだから、家に帰ってからいちゃついたらいいでしょ」「もう交代なの?」と圭。「もう二時間以上経つわよ」とシャーロット。「早くしないと戻れなくなるわ」「圭姉さん、明姉さん、早く!」と麗華。「仕方ないわ」と明。「兄さん、帰ったら続きしようね」と圭と明。 範経は笑って手を振った。__ 「範経、私は少し家の中を調べるから、その間、その子と遊んでなさい」と言って、シャーロットは部屋を出て行った。「麗華ちゃんがどうしてここに?」と範経。「私のことがわかるの?」 麗華はソファーに座っている範経に駆け寄った。「もちろんだよ」と範経。「お兄ちゃんは記憶がないから私のことがわからないって、お姉さんたちが言ってたの」と麗華。「そんなわけない」と範経。「じゃあどうしてここにいるの?」 麗華は向かい合う位置に立った。「それがわからないんだ」と範経。「ここがどこかわかる?」と麗華。「夢の中らしいけど、本当のところはよくわからない」と範経。「ぼくにとっては現実のように感じるから」「なんで夢だと思うの?」と麗華。「つじつまが合わないことが起こるんだ」と範経。「殺したはずの家族がぼくに会いに来るんだよ。まるでホラー映画だよ」「お兄ちゃん、怖かったの?」と麗華。「いや、全然」と範経。「みんな優しかった。ぼくに殺されたはずなのに」「どうしてお兄ちゃんに会いに来るか知ってる?」と麗華。「わからない」と範経。「わたし、お兄ちゃんが好きだから会いに来たのよ」 麗華がにっこり笑った。「圭と明もそんなことを言っていた」と範経。「問題を解決するためだって」「そうよ。お兄ちゃんの心の中の問題を解決するためなの」と麗華。「そして、解決すれば現実の世界に戻れるって」と範経。「お兄ちゃん、どうする?」と麗華。「どうするって、どういうこと?」と範経。「わからないの、お兄ちゃん?」と麗華。「分かるような気がする。だけどためらってしまうよ」と範経。「なぜ?」と麗華。「だって、麗華ちゃんはまだ小さいから」と範経。「そうやってためらうことが問題なのよ」と麗華。「圭姉さんと明姉さんも言ってたでしょ」「そうだね」と範経。「だけどそれは麗華ちゃ